アラブ諸国における三国志受容:『大地の鷹』と『Dynasty worriers』

仰々しいタイトルがつているが、要は「海外の反応ブログ」的なことがやりたかっただけ。
昔書いた大学のレポートの再利用です。参考にした動画は権利者削除されていたため、リンクは無しですが、参考のためにアラビア語版主題歌の動画を挙げておきます。

『大地の鷹』主題歌
(関係ないけど、複数のコメントがこの曲を「ダーイシュ(イスラーム国)の歌のようだ」と評しているのが面白いです)

『征服者たち』主題歌

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アラブ諸国における三国志受容:『大地の鷹』と『Dynasty worriers』

中国や日本における三国志の派生作品は、ほとんどの視聴者が三国志の物語に親しんでいることが前提であり、キャラクターのアレンジもその前提でなされている。例えばほとんどの人間にとって「三国志は中国の史実を元にした物語である」ことは常識だが、「ゲームや漫画の衣装や設定は史実とわざとかけ離れたものにすることもある」ことも常識として知っている。しかし一旦作品が輸出されると、その前提のない地域、例えばアラブ諸国にも輸出されることになる。

本論に入る前に、まず「アニメ」という用語について、断って置かなければならない。アメリカで80年代中頃から、CartoonやAnimationと区別して、日本産アニメを指す言葉として「Anime」が広まった。現在日本語や中国語を除けば、アラビア語を含むほとんどの言語で英語発祥のこの種の使い分けがされている。アラビア語ではそれぞれcartoon=كرتون(音訳)、Animation=رسوم المتحركة(意訳:動く絵)、Anime=أتمي(音訳)となっている。本稿では分かりやすいように、cartoonをアニメ、animationはアニメーション、AnimeはAnimeと訳している。

  • 吹き替えによる「文化の翻訳」

アラブ諸国におけるアニメ事情について、2011年にアニメオタクのY君(カイロ在住、工学部、18歳)にインタビューした。彼によれば、アニメは子供が見るものとされており、教育効果を狙いアーンミーヤ(口語)*1ではなくフスハー(文語) で吹き替えられるのが普通という。またテレビで放送されるアニメの翻訳は原作とかけ離れているのが普通であり、編集もなされているという。例として彼は、ポケモンにおける「進化」の描写が反進化論的な反発を招いたため、アニメ『デジモン』が、進化論を避けるため、作中の「進化」の演出を「横から兄弟を呼ぶ」という演出に変えられていることを挙げた。
彼はネット上でアニメを見始めることにより、改変されていたことに気がついたという。
つまりアラブ諸国では、日本における背景からアニメ作品が切り離され、アラブ諸国における背景におかれることにより、吹き替えによる「文化の翻訳」が日常的に行われていることが分かる。

横山光輝 三国志』(1991年〜1992年、以下日本版と呼称)は横山光輝の漫画『三国志』を原作としたアニメであるが、シリアのアニメーションおよび子供向け番組のアラビア語吹き替え専門会社「مركز الزهرة」(Venus art for production)によって吹き替えが制作され、ヨルダンの子供向け番組専門衛星チャンネルSpacetoon(2000~)によって「大地の鷹」として放送がなされた(時期は不明)。またالفاتحون「征服者たち 」*2というバージョンも存在するが、筆者の能力の限界のため詳細は不明である。
衛星放送がアラブに登場したのは90年代後半であり、spacetoonも2000年に放送を開始している。チャンネル増加による番組受容の増加が日本アニメ輸出増加のきっかけとなったと推定される。

キャラクターデザインや大筋は、当然ながら日本版と同一であるが、音声面で大きな違いが存在する。
設定の違い:『大地の鷹』ではほとんどのキャラクターが親しみやすいようにアラビア語名とされている。[ar.wikipedia.org/wiki/صقور_الأرض:title=wikipedia]によれば、劉備はアブドゥッラフマーン、関羽はハムザ、張飛はヒクマトと改名されている。但し悪役である曹操はツーツーと中国語読みのツァオ・ツァオに近いアラブ人らしくない名前となっている。wikipediaはこの工夫を「アラブ人やイスラーム教徒の親しみはこのアブドゥッラフマーンやヒクマトやハムザといった名前の結果である。これらは我々のアラブ国家では有名な名前であり、これによりこのアニメはシリーズの多くの視聴者の心に近づいた。」と評している。

設定の違いは冒頭のナレーションにも現れている。日本版では、「時は西暦184年、中国の中平元年の春のことであった。」であるが、『大地の鷹』版のナレーションは「حدث هذه الحكاية في الربيع السن الأولى, من حكم أحد الأباطرته وسطこの話は、アジアの中央のとある皇帝の統治の初めの年の春におこった。 الآسيا 」内容面はほぼ一致しているものの、日本版では固有名詞を盛り込み史実性を強調する一方で、『大地の鷹』ではなじみのない固有名詞を排して、特定の場所と時間で起こった史実であるということをぼやかしている。

また多くの視聴者が登場人物を自分と同じイスラーム教徒であると勘違いしておいた。後ほどで述べるYoutube動画のコメントが「私と同じように、彼らがイスラーム教徒だと思っていましたか?」「ハハ、あの時ヒクマトがオマルで、アブドゥッラフマーンがアブー・バクル、ハムザがアリーだと思っていた (訳注:すべて四代カリフの名前)」「私は彼らがイスラーム教徒だと思っていました。なぜなら一人は髭をはやし、一人はアブドゥッラフマーンという名前だからです。」「イスラーム教徒だと思っていましたが、日本のサムライのように見えました。」のようにこれを裏付ける。
また中国の話であることを強調するコメントの「これは本当の話だよ。中国のモンゴルからの解放を話している。」「モンゴル人からの解放なんて無い。このアニメは中国の3つの王国についての本当にあった物語なんだ。」は、逆にこの話が中国の話としては知られていないことを裏付ける。

主題歌の違い:日本版の第一期主題歌『時の河』は軽快なロックであり、「果てしなく広がる宇宙の片隅に」と始まり、サビの「流れ流れていつか消え行くとしても 永遠に止まらない時の流れは続いている」は宇宙や歴史の雄大さとそれに比した個人の矮小さを表している。第二期主題歌『Don’t look back』も同じ作者による軽快なロック曲であり、サビの部分は「ふりむくな、ためらうな、 君だけの 信じる夢を 過ぎてゆく時代(とき)を越え 駆け抜ける光になれ DON'T LOOK BACK」と自分自身の夢を追いかけることを述べている。どちらの主題歌の主題は異なるが、大義を声高には述べていない。

一方『大地の鷹』主題歌は日本版と同様の映像を使用しているが、男性と子供の合唱による重々しいものである。歌詞は「母国の尊厳は、いつでも我々よりも、我々の心を巡るいかなる考えよりも尊い」「母国の尊厳は私の大地だ」とはじまり、「我々は団結した 忠節と戦いの上に 我々は自己犠牲の旗を明日掲げるだろう」「我々の魂は母国の犠牲 安い値段だ」と歌っている。この主題歌では「母国の尊厳」(شرف الوطن)が自己犠牲に値するほどもっとも尊いことを強調し、愛国心を呼び覚ます内容となっている。
このメッセージは、今は成人となったかつての子どもたちにも肯定的に受け入れられている。2009年にアップロードされたYoutubeの動画には11万再生数と1,722のコメントがついている。コメントでは「アラブ連合の国歌にふさわしい」や「一番いい一節。。我々の魂は母国の代償 安い代償(ذى البنفسج‎2 か月前)」「(前略)その意味が今まで分からなかったが、これが私を今の私にしたものであり、今私は何が善と悪でどうやって自分の土地のために代償を払うことができるか考えている。。。この種の曲をつくり、正しく考える目覚めた完全な世代をつくってくれてありがとう。(amr242742 2ヶ月前)」。また中国という枠を離れ、現実のアラブ情勢さえも結び付けられている。 「ああシリアよ、パレスチナよ。抑圧され、占領と略奪の下にある多くのイスラーム国家よ。この歌は全てのムスリムの胸を詰まらせる!例えこれが私達の子供の頃の歌としても私達は覚えている。この歌の意味は子供向けチャンネルのただの主題歌を超えている。(Noufa Ibrahim1 年前)」
『征服者たち』の主題歌は無伴奏の男性の独唱によるもので、女性の声や楽器を心をかき乱すとして禁じるイスラームの教えにのっとている。歌詞は「夜は我々はひざまずいて泣く諸界の主である神のために 昼は我らの心は示された征服に向かう 征服者たち 征服者たち」「神のため 尊い祖国のため 善良な罪なき民のため 我らの魂と血は いかなる時でも犠牲を払う」とあり、愛国心だけでなく信仰心も戦いの理由としてあげ、宗教的なアニメとなっている。アラブ諸国ではアニメのインターネット上の視聴やダウンロードが盛んであるが、このアニメは「イスラームアニメ」として他のアラブ製アニメや日本産アニメとともにあげられている。例えばウェブサイト『حمل لاطفالك أكبر مكتبة كرتون اسلامي』(あなたの子供のための最大のイスラーム・アニメ・ライブラリ) www.lakii.com/vb/a-31/a-222541では、「アニメの子供への影響は明らかです。このイスラームアニメのセットには、子供に良い性質を奨励するもの、子供に信仰や大義を説明するもの、子供に幼いころから神の道での精進(ジハード)を根付かせるものがあります。」
「大地の鷹」は劉備の「漢の復興」を愛国心と読み替え、それを強調する内容となっており、『征服者たち』は戦いをイスラーム的ジハードとしている。

もう一つアラブ世界で消費された日本産三国志コンテンツとして、コーエイの『三國無双』シリーズの英語版『dynasty warriors』が挙げられる。英語版ではキャラクターの名前は改竄されずliu weiなど中国名で翻訳された。私はシリアに旅行した折英語版『戦国BASARA』を見かけたことがあるので、アニメとは違いゲームでは英語版が消費されているらしい。
上記動画のコメントでは「アニメとゲームのどちらもがshu wu weiの3つの王国について語っている。」「Animeはdynasty warriorsというゲームについて語っている。(
MaD KiLLeR 3か月前)などが見られ、ゲーム版の知名度の高さを物語る。

アラビア語ウィキペディアで多くの三国志人物の出典となっているhttp://dynastywarriors.yoo7.com/(三王国の秘密)のフォーラムでは三国ごとにわかれた掲示板で「夏侯惇は暴虐なリーダーか?」「諸葛亮は賢いのに北への作戦が失敗した理由はなにか」「呉の建国に一番貢献したのは誰か?」などのマニアックな議論がかわされている。しかしこのサイトの名前からも分かるように、ゲームへの関心から三国志への関心が喚起されたサイトであり、下位のゲーム掲示板には更に下位の「三国志のゲーム」「Action& Adventure」「Action& Adventure」などが並び、ユーザーの関心がゲームにあることを伺わせる。
ユーザーネームVidicはフォーラム「صقور الأرض:"قصة الثلاث إمبرطورية العظيمة"」(大地の鷹:「3大帝国の物語」)
diwania.alazraq.com/showthread.php?t=245694
にてゲーム版三国志の画像を元に三国志を紹介している。「大地の鷹または征服者たちといったアニメを皆さんは見たと思う」と始まるこの紹介文では、dynasty worriorsをプレイし劉備関羽張飛の三人を見た時「見たことがある」と感じたのが三国志に興味を持った切っ掛けだという。彼は「この奇妙な衣装はアニメと違う」と感じたが、(おそらくインターネットで)「名前を調べた」結果同一人物であると知ったという。そして真の名前と実在の人物であることを知り、読者にそれを紹介している。以下簡単な歴史の紹介と、国ごとにゲームの画像と人物紹介を加えている。但し人物名や国名はすべてローマ字表記となっており、英語から情報を得たことを伺わせる。また彼は日中合作のアニメ「最強武将伝 三国演義」を
それに対する反応は「子供の頃見ていた。面白いことに実話だったと初めて知った」「子供の頃アニメを見ていた」「アニメは見ていなかったがゲームをしていた」「髭が長いのがハムザで短いのがヒクマトだと思い出した。」などサッカー好きのフォーラムでありながらゲームやアニメの知名度の高さを伺わせる。
『大地の鷹』は原作からかけ離れた内容だが、そのアニメを見たことのある人間がネット上で情報に触れることにより、三国志そのものへの関心につながることがわかった。

  • まとめ

『صقور الأرض』(大地の鷹)というタイトルで輸出された横山版三国志アニメは大幅にローカル化された結果、視聴者に親しまれた。しかし「三国志」という物語をベースにしていることは無視された。また中国という枠を離れ、愛国というメッセージが強調された。
一方ゲーム「三國無双」の英語版Dynasty Worriersのプレイを切っ掛けに、「大地の鷹」がそれと同一の物語を元にして居ることに気づき、三国志の物語の存在に気づくこととなった。
子供向けのアニメは大幅に「文化の吹き替え」がなされたが、ゲームは原作に比較的忠実だったためである。アニメとゲームの違いは、アラブ諸国ではアニメに「子どもの教育に資する内容に変える」という「吹き替えの文化」があったが、ゲームには「吹き替えの文化」そのものがなかったからである。
アニメそして人物名が言語に近いゲームを経由して英語のインターネットから得た情報により、ネット上のアラブ世界に三国志が紹介された。つまり三国志はアラブ世界からかけ離れた物語であるが、ローカル化やゲームやアニメなどの親しみやすいメディアによる原作の改編がアラブ人を三国志に近づける手助けをしている。
日本人が作成したアニメとゲームが期せずしてアラブ諸国に中国発の物語である三国志を紹介することが分かったとともに、吹き替えにより歴史的中国の物語がイスラーム教の架空の物語に読み替え、キャラクター像も変化することが可能であることもわかった。

  • おまけ

主題歌の動画についていたコメントをlang8上で以前翻訳したもの。元動画はすでに削除済み。
أغنية صقور الأرض سبيستون✿Dynasty warriors (Arabic…: http://youtu.be/_ixqw8oupN0

1992年生まれ。子供の頃の思い出。

誰か私みたいに、彼らが全員ムスリムだと思っていた?

これは中国で紀元前に3つの王国が戦いあった物語(three kingdams)で、ゲーム(dynasty worriers)にもなっている

今まで見た中で一番いいアニメ、ワンピースやコナンやナルトよりもいい.....

教えて欲しいんだが、アニメの中のアブドゥッラフマーンやハムザの本当の名前は何?

ハハ、あの時の私はヒクマトがオマルで、アブドゥッラフマーンがアブー・バクルで、ハムザがアリーだと思っていた。(注:すべて四大カリフの名前)

これを見ていた時は10歳だった。私達は愛情や寛容や献身をまなんだ。1988年生まれの私にとっては、子供の頃の美しい思い出だ。

真似するために、あなたは何本の剣を買った?

今のアニメと昔のアニメじゃ、比較すら不可能。

子供の頃に戻れたら:(

スポンジボブ世代には理解不能なアニメ。

ヒクマト、はははXD。名前も覚えている。アブドゥッラフマーンの穏やかさ、ハムザの短気さ、一番は彼らの愛国心だ。

この歌はアニメの曲に相応しくない。アラブ連合国の国歌に相応しい。

ハハ、あなた達は彼らをムスリムだと思っていたんだ。でも軍隊でこの曲が流れたら、我々の軍隊の見方は変わるだろう。

ヒクマト(顔に傷がある)とブルハーン(長い卑下で、戦争の作戦を建てる)

私は以前彼らと一緒に歌い、一緒に泣いた。

私は彼らをムスリムだと思っていた。なぜなら一人は長いヒゲで、一人はアブドゥッラフマーンといったからだ。

そうだよ、アラビア語版では彼らの名前はハムザとアブドゥッラフマーンっていうんだ。

『大地の鷹』は永遠に私の愛するアニメ、私の心のなかの愛は揺るがない。

私は子供の頃は大きくなりたかったけど、今は逆に子供の頃に戻ってアニメを追いかけたい。

彼らをムスリムだと思っていたけど、サムライつまり日本人みたいだった。

これは現実の物語だ。中国のモンゴル帝国からの解放を話している。

中国のモンゴルからの解放じゃない。このアニメは本当の実際に起きた物語で、中国の3つの王国についてだ。

私はdynasty worriersをプレイします、9歳からの大ファンです。リアルではdynasty worriersをプレイしている人が見つかりませんが、ネット上では見つかりました。

日本人に対して最大の敬意を、彼らがいなくては我々の子供時代はどうなっていただろう。....space toon衛星放送に対して感謝を、翻訳を作ってくれた。

古いアニメだが子供に対してだけでなく大人にも、ユダヤ主義の意味や、自尊の価値、希望の魂や力、協力などの教育的意味がある。でも新しいアニメは全体的に道徳に欠ける。

昔を思い出す。。。あの時のバグダードはまだ平和だった。

*1:アラビア語には、コーランを元にしたフスハー(正則語/古語/文語/共通語)と、各地方のアーンミーヤ(卑語/現代語/口語/方言)の2種類が存在する。アーンミーヤ母語であり日常会話に使われ、フスハーはアラブ共通の言語として改まった場面で用いる。古語であり母語ではないフスハーはアラブ人にとっても習得が難しいものである。

*2:アラビア語ではفتحという言葉をイスラーム教徒による征服に主に用いる。